兵庫県立姫路循環器病センター 慢性心不全看護認定看護師

田中奈緒子


皆さん、「心不全」とは、どんな病気かご存知ですか? 心不全とは「心臓が悪いために 息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」です。 心疾患は、高血圧、虚血性心疾患、弁膜症、心筋症、不整脈、等、多岐にわたります。心疾患に罹患すると、心臓の機能はもとにもどることはなく、いずれは心不全になるといわれています。そして「だんだん悪くなり、生命を縮める病気」というように、増悪と寛解を繰り返し、終末期を迎えるという特徴があります。

「私は心臓は悪くないから大丈夫!」と思っている方もいるかもしれません。心疾患は、高血圧、脂質異常症、メタボリックシンドロームなどにより動脈硬化が進行することで多く発症します。日本人の死因は、がんに次ぎ、第2位は心疾患であり、心疾患は実は身近な病気です。また、平成30年度の国民医療費は43兆3949億円であり、主傷病による傷病分類別では、循環器系の疾患にかかる医療費は6兆596億円と最も多くを占めています。心不全は高齢の方に多くみられるます。社会の高齢化に伴い、心不全の方は、ますます増加し、心不全パンデミックがくるといわれています。そのため、今後、心疾患の治療に必要とされる医療費は、さらに増えていくことが予測されます。いかに、心疾患発症、心不全発症を防ぐかが課題となります。

心不全は4つのステージに分類されており、ステージA(器質的心疾患のないリスクステージ)→ステージB(器質的心疾患のあるリスクステージ)→ステージC(心不全ステージ)→ステージD(治療抵抗性心不全ステージ)と進行していきます。

まず、ステージA、ステージBの方に介入し、心疾患の発症、また心不全の発症を予防することが必要です。

皆さんの家族、また、医療・介護関係者であれば、患者さん、利用者さんの中にも、心疾患・心不全発症のリスクを抱えている方がいるのではないでしょうか。

心疾患に罹患しないために、また、心不全の発症を防ぐために、私たちはどのようにすればいいでしょうか?

心疾患につながる高血圧、糖尿病、脂質異常症、メタボリックシンドロームなどは、生活習慣病といわれています。そのため、生活習慣を改善していくことが求められています。 生活を見直し、心臓にやさしい生活を送れるように意識することが大切です。 では、具体的に、どのようなことに注意すればいいのか、お伝えします。


心臓にやさしい生活を送るために注意すること

1.食生活の改善

健康的な食事のイメージ

食生活の欧米化により、肥満や糖尿病を発症するリスクが高まっています。肥満は、高血圧や糖尿病、脂質異常症を発症しやすくなるだけでなく、動脈硬化となり、虚血性心疾患、脳卒中を引き起こす可能性も高くなります。BMI(体重(kg)÷身長(m)×身長(m))25以上は肥満と判定されます。適正体重(身長(m)×身長(m)×22)を目標に、生活を見直し、食生活も改善していくことが求められます。

また、塩分の過量摂取は血圧を上昇させ、高血圧を悪化させます。高血圧は動脈硬化を進行させ、心筋梗塞や脳卒中の発症のリスクを高めます。そのため減塩を意識することが大切です。我が国の平均食塩摂取量は10.1g(2019年)です。高血圧がある方の食塩摂取推奨量は1日6g以下のため、日頃の食事内容を振り返り、どうすれば減塩できるのか、考えることが大切です。毎回、塩分量を計測することは難しいので、調味料を減塩のものにする、料理に追加で塩や醤油をかけない、みそ汁やラーメンなどはお汁を残す、漬物や梅干し、練り物は控えるなど、実践可能なことを具体的に考えていきましょう。

 

2.運動療法

ウォーキングのイメージ

運動には、有酸素運動と無酸素運動があります。有酸素運動は、呼吸しながら酸素をエネルギーに換えて長時間行える運動で、ウォーキングやジョギング、水泳などです。心疾患がある方には有酸素運動が効果的です。運動の強さは、少しきついと感じる程度がいいとされています。

運動療法は、心疾患の原因でもある肥満、糖尿病、高血圧、脂質異常症を予防する効果があります。また、不安や抑うつも改善させるといわれています。無理なく、楽しんで運動を続けることができるよう、どのように運動を生活に取り入れるかを一緒に考えていきましょう。

 

3.禁煙

喫煙のイメージ

バコは「百害あって一利なし」です。ニコチンは交感神経系を刺激して末梢血管を収縮させ血圧上昇、心拍数の増加をきたします。タバコ煙はコレステロールの変性を促進し、血管内皮を障害するとともに、HDLコレステロールを減少させ動脈硬化を促進します。一酸化炭素による酸素欠乏や血管異常収縮とも相まって循環器疾患のリスクを増大させます。一日喫煙量が多いほど心疾患死亡率が高くなります。そのため、禁煙はとても大切です。禁煙後1年たつと肺機能が改善し、禁煙2-4年後には虚血性心疾患や脳梗塞のリスクが約3分の1に減少します。禁煙の必要性を伝え、禁煙外来の受診をすすめることもいいかもしれません。

 

 

4.節酒のすすめ

アルコールのイメージ

過剰飲酒は高血圧、脂肪肝、肝機能障害、脂質異常症、糖尿病の悪化などを引き起こします。また、心房細動を誘発します。節度のある適度な飲酒を心がけてもらいましょう

 

5.ストレス緩和

悩む様子

ストレスは心臓病の危険因子です。過剰なストレスにより、脈拍数の増加、血圧上昇により、心臓の酸素必要量が増加し、狭心発作や心筋梗塞の発症につながります。また、副腎皮質ホルモンの増産により、コレステロール濃度の上昇、血糖値の上昇から動脈硬化も進行します。

ストレスをすべて除くことはできませんが、大切なのはストレスマネジメントを行うこと。ストレスに気付き、ストレスに対する対処法を考え、実践することです。運動やリラクゼーション等、対処法は人それぞれですが、自分で対処できないときは、専門家に相談することも大切です。

 

6.睡眠

寝具のイメージ

睡眠は、心身の健康を維持するための重要な要素です。睡眠不足は生活習慣病の原因ともいわれています。不眠の原因となる生活習慣がないか確認し、対応していくことが重要です。睡眠時無呼吸症候群が疑われる場合もありますので注意しましょう。

 

7.感染予防

ウィルスのイメージ

風邪などの感染症は、心不全を増悪させます。感染を予防するために、外出から帰ってきたら、手洗い、うがいを忘れずに行いましょう。また、インフルエンザや肺炎など、ワクチン接種も受けるようにしましょう。

 

8.服薬管理

錠剤のイメージ

高血圧や糖尿病、脂質異常症に罹患すると、医師から内服薬を処方されます。また、心疾患、心不全に罹患すれば、身体の状態に合わせ、内服薬は増えていきます。医師から薬剤を処方されても、しっかり内服しなければ効果は得られません。しかし、毎日、同じ時間に内服することは簡単なようで、実は難しいことです。どうすれば、忘れずに内服を継続できるのか考えましょう。お薬カレンダーやお薬BOXを利用したり、家族に声をかけてもらうこともいいかもしれません。

 

9.定期健診・定期受診

健診のイメージ

自分は大丈夫と思っていても、実は病気が進行していることもあります。定期健診を受けることは大切です。また、高血圧などで定期受診を受けている場合は、忘れずに受診しましょう。

心不全の方は、増悪する前、体重が増加し、下肢や顔にむくみがみられることが多くあります。

また、増悪時、急な血圧上昇があり、息苦しさが出現することもあります。そのため。毎日、体重測定、血圧測定をしていただき、記録に残すようにしてもらっています。自分の身体に目を向け、測定した値が変化したときには生活を見直すことが重要です。

また、むくみや息苦しさなど、症状が出現した場合は、すぐに受診しましょう。


今後は、生産年齢層(15~65歳未満)への疾患予防への介入も重要なポイントになります。日本全体の動きとしても、2018年12月に「脳卒中・循環器病対策基本法」が成立し、2020年10月、同法に基づいて「循環器病対策推進基本計画」が作成されたのを受け、今後は各都道府県において推進計画が作成され実行されていくことになっています。「基本計画」の3つの重要施策の1つが循環器病の予防であり、2021年6月に産官学連携を目的とした日本循環器協会が設立され、その動きは加速するものと思われます。また、人材育成を目的とした心不全療養指導士の取り組みも始まっています。、「若いから大丈夫」と考えず、予防の視点から、意識的に介入することが大切になります。「疾患予防のための介入」を積極的に考えていくことも重要です。


心不全を繰り返すようになったら(ステージC)

「心不全を繰り返すようになったらどうしたらいいのか」を考えていきましょう。

心不全の病期が進行していく過程でも、再入院しないために、心臓にやさしい生活を継続します。

病院スタッフ・在宅スタッフとの連携

高齢者へのケアについては、介護保険申請を行い、在宅サービスを活用することも、心不全増悪予防に効果があります。心不全の方は、入院加療すると、症状、ADLともに改善することがよくあります。そのため「介護はいらない」といわれることもありますが、心不全の方には、訪問看護師に介入してもらうことが症状増悪の早期発見、早期受診につながります。その場合、病院での治療の経過や、どんな症状が出現するか、症状増悪時の対応について、病院スタッフ・在宅スタッフ間で共有しておきましょう。

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)を知っていますか?

心不全とはどういう病気なのか、もう一度、振り返りますね。「心不全とは、心臓が悪いために 息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気です。 」 …そう、だんだん悪くなるんです。進行の程度は人によって異なります。また、心不全症状が増悪しても、入院加療すると症状は改善することが多いため「治った」と思う方もいます。そのため、病期が進行しても、今後の治療や療養場所についてなど、考えていない方がたくさんいます。

今、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)が大切であるといわれています。

アドバンス・ケア・プランニングとは「もしものときのために、あなたが望む医療やケアについて前もって考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取り組み」のことをいいます。厚生労働省では、より国民に浸透するように「人生会議」という愛称で呼ぶことにしました。そして、11月30日が人生会議の日と定められました。

心不全の方にも、ぜひ、この「人生会議」をしていただきたいと思っています。

心不全の方は、病期が進行すると呼吸困難、倦怠感など症状が強くなります。そのため、意向を伝えることができなくなったり、希望する療養生活を送ることが難しくなることがあります。また、高額な薬剤を内服していることにより、慢性期病院の療養病床への入院や介護老人保険施設に入所できないことがあります。

心不全の経過を知り、今後、どのような治療を選択したいと思っているのか、どこでどのように過ごしていきたいのか、家族、医療者に思いを伝えておきましょう。そして、その思いに対し、家族はどう思うのかも聴いてみましょう。もちろん、思いは変化しますので、話し合いを重ねることが大切です。


人生の最終段階に近くなったとき(ステージD)

2020年度診療報酬改定で、末期心不全に対する緩和ケアの保険適用が拡大されました。

とはいっても、心不全の緩和ケアはまだまだ浸透していません。本来、緩和ケアは治療を諦め、最期に提供されるものではなく、治療と並行して行われるものです。医療者は心不全の緩和ケアについての知識をもつ必要があります。

  心不全の方は、まだ緩和ケア病床の入院対象にはなっていません。心不全終末期に、一般病院でも在宅でも、緩和ケアを提供できるように協働し支援していくことが求められます。

 「心不全だから最期は病院」という先入観を捨て、本人の意向を聴き、意向にそってできることを本人・家族、病院・在宅スタッフが一緒に考えていくことが大切です。

 今後、ますます増加する心不全。心不全パンデミックにどのように対応していくか課題は多いと思いますが、「心不全とともに、よりよく生きる」ために、私たちができることを話し合い、協力しながら取り組んでいきたいと思っています。一緒に考えていきましょう。